「皆!!」

その光景を見た瞬間俺の中で何かが切れた。

(鳳明さん・・・俺の骨は?)

(あらかた繋がった。多少ひびが入っているだけだな・・・)

(それで十分)

(ただ志貴、『凶断』・『凶薙』の妖力大分減っている。暫しは・・・)

(大丈夫ですよ・・・腕だけよりはやりやすい・・・さあ・・・)

「久方ぶりに思う存分振るうとするか・・・」

俺は立ち上がる。

微かに痛みは走るが動けないほどではない。

「志貴様?いけません!!まだお怪我が」

「翡翠、俺はもう大丈夫だから皆を。琥珀さんにレンもお願い」

「志貴さん・・・」

「志貴さま・・・」

それだけ言うと二本を鞘に収め、『鳳凰』を撃てるだけの妖力を溜める。

見ると先程の異生物が更に召喚されて、未だ倒れているアルクェイド達にその刃を向けてくる。

「容赦する必要は・・・ねえな・・・」

ナイフを懐から取り出すと逆手に構える。

籠庵との戦い以来だった。

これだけ容赦無く戦えるのは・・・

―ようこそ・・・この絶望に彩られた抹殺空間へ―

その瞬間、俺は魔を狩り始めた。







―ようこそ・・・この絶望に彩られた抹殺空間へ―

その言葉を聞いた瞬間ここが彼女達の領域にもかかわらず異界に迷い込んだかのような錯覚を彼女達は覚えた。

「これは一体・・・」

そう七夜紅玉が呟いた瞬間、

「・・・閃鞘・七夜」

秋葉を切り裂こうとした一匹が胴切りにされた。

「・・・閃鞘・八穿」

沙貴の息の根を止めようとした一匹の首が刎ねられた。

「・・・閃鞘・伏竜」

シオンに襲い掛かろうとした一匹は突然縦に切り落とされた。

「何ですって!!」

七夜青玉は絶句した。

唄う様な声と共に・・・瞬き一つの合間に三体の異生物がまさしく抹殺された。

それに対してこちらは・・・敵を認知出来ていない。

残された異生物も獲物を襲うのを止めて周囲をしきりに見渡す。

そこに更に声が響く。

あたかもそれは愚かなる獲物を嘲笑するように、あるいは哀れむ様に・・・

「・・・閃鞘・双狼」

二匹の首が同時に落ちる。

「・・・閃鞘・一風」

一匹が突如地面に脳天を叩きつけられる。

「・・・閃走・六兎」

一匹の胸元に巨大な風穴が生まれた。

その余りの被害の大きさに紅玉が思わず叫ぶ。

「くっ!!全員固まって・・・」

その続きが言い終わる前に異生物達は一箇所に固まる。

命令に忠実と言うよりは生存本能の賜物であろう。

しかしそれが仇となった。

次の瞬間七夜志貴が異生物達のまさに真正面に現れた。

完全に虚をつかれ反応すら出来ない。

「・・・閃鞘・八点衝」

その瞬間全てが終わった。

全員見事に死点をつかれたのだろう。

切り裂かれ瞬く間に崩壊消滅していく。

それでも数匹が生き残り志貴に同時に襲い掛かるが振り上げられた時には志貴の姿は消え、その攻撃は空を切る。

そして再び志貴の姿を認識した時

「・・・閃鞘・十星」

正確に十の刺突は異生物を貫き完全に殺す。

だが、二匹未だ生き残っている。

志貴はそれに眉一つ動かさず迎撃に入る。

しかし、その距離では『八穿』などの四技は近すぎ、逆に『十星』を初めとする三技では遠過ぎた。

それを判っているのか今いる地点から攻撃を加えようとする異生物。

しかし、それすらも甘かった。

「・・・虎突(ことつ)」

志貴は信じがたい事に自分から超至近距離・・・零距離に入ると『七つ夜』を下から上に切り上げ、更に全体重を乗せる形で上から斜め下に斬り付ける。

その途端異生物は四つに分断され箱庭の外れまで吹き飛ばされる。

「・・・燕襲(えんしゅう)」

更に振り向きざま地面をまさしく滑る様にスライディング・キックを最期の一匹に見舞い足をへし折る。

そして、一瞬宙を舞った時に起き上がる反動をそのまま下からの一撃に乗せる。

次の瞬間にはやはり両断されて吹き飛ばされる異生物。

「!!獏!!」

紅玉の命に悪魔が志貴のいる地点に拳を振り下ろす。

叩き付けられる瞬間志貴はその腕をまさしく駆け上がった。

「紅玉、青玉・・・獏を悪魔に変えたのは・・・失敗だったな」

そう呟き志貴は細い死線を寸分の狂い無く通していく。

志貴が肩口に到着すると線を通された部分からどす蒼い血が奔流の如く迸る。

咄嗟に悪魔は反対側の腕で肩に乗る蝿を潰そうとするが激突する0コンマ数秒前に離脱。

掌打が空を切る。

その間に志貴は背中を駆け下りる様に落下。

やはり細い線を通していき、腰の部分まで来るとそこから跳躍して直ぐ脇にあった大木に着地する。

一方、背中を切られた悪魔は怒りのままに志貴のいる大木を拳で押し潰した。

だがそれも志貴はかわし、

「・・・我流」

その腕に存在する死線を

「・・・七夜」

一本残す事無く

「・・・影殺」

通す!!

その腕は完全に細切れて、筋だけが辛うじて繋がっていた。

さらに、踵を返し、健在なもう片腕目掛けて、なんら躊躇う事無く飛び込み、

「・・・虎突」

線を通す事で肩口から切断する。

しかし、悪魔は怯む事無く着地した志貴にその巨大な脚で踏み潰さんと足を大きく振り上げた。

それに志貴は何故かそれに身動き一つせず、それを眺めていた。

そして、その足は志貴諸共地面を押し潰した・・・かに見えた。








俺がその場を動かなかったのは全ての準備が整ったからに他ならない。

振り下ろされる足を眺めながら俺はナイフを懐に収め『凶断』・『凶薙』を同時に抜刀、鳳凰を具現化させた。

それと同時に『鳳凰』は悪魔の足の裏から腹部・胸部そして脳天を貫いた。

そのまま飛翔した鳳凰はそのまま、箱庭の隅にある墓に突っ込み、俺が点を貫く。

これこそが紅玉・青玉の姉妹の遺産の寄り代・・・

「うっ!!」

「ああっ!!」

二人の悲鳴を耳にしながら俺は翡翠達の手で安全な場所に運ばれた全員の下に駆け寄る。

「みんな!!」

「うう・・・し、志貴・・・」

「ふう・・・無事か?アルクェイド?」

「う、うん・・・」

「兄様・・・遺産は?」

「俺が片をつけた。」

「七夜君・・・怪我の方は・・・」

「俺は大丈夫・・・琥珀さんみんなの容態は?」

「はい、皆さん打撲で主だった外傷はありません」

「そっか・・・良かった・・・」

俺は安堵の笑みを浮かべる。

それと同時に風が巻き起こったと思えば屋敷が見る見るうちに幻想から真実に変わっていく。

「ええっ!!」

「・・・私達あんなぼろぼろの屋敷にいたのですか?」

「・・・ええ、そうよ・・・」

「そして、それも終わり・・・」

不意にそんな声が聞こえてきた。

俺は振り返る。

そこにはやはり紅玉と青玉が立っていた。

それは予測していた。

彼女達は死ぬ間際の姿をしていた事も予測できていた。

しかし、この凄惨な姿は予測していなかった。

二人とも身に付けていた着物は破かれ腰元にぶら下がっているだけ。

殆ど全裸に等しい状態だった。

その首筋には手の跡が生々しく残っている。

だが何より痛々しいのはその全身に暴行と陵辱の跡が見られた事・・・

思わず眼を背けた。

だがその視線の先には、

「「「「「「「「ああああ・・・」」」」」」」」

何かに怯えるように二人を見ている八人がいた。

「??皆どうした?」

「どうしたって・・・兄さん・・・あれは何なのですか?」

「何って消滅する時遺産は死ぬ間際の姿に戻る。彼女達はおそらく死ぬ前に暴行を受け・・・って・・・ちょっと待て。皆風鐘の最後は見てないのか?」

不審に思った俺が尋ねる。

「み、見ていません・・・」

「何だと?」

沙貴の返答に絶句する。

「志貴が何も無い空間に色々話し掛けているなとは思ったけど・・・」

「じゃあ・・・籠庵は?」

「それも見ていません」

その答えに俺は呆然とした。

するとそんな俺に青玉が声を掛ける。

「志貴・・・先程の説明正確じゃないわ」

「正確じゃない?」

「そうよ。私達は死ぬ前も死んでからも七夜の男達から徹底的な暴行を受け続けた」

「何だと・・・」

「そうよ・・・私達は暴行を受ける前その眼の前で最愛の人が殺されるのを見ている事しか出来なかった。何回も、何十回も頼み込んだわ『あの人だけは助けて』と・・・でも七夜は私達のささやかな願いも踏み躙った」

「そしてあの人の死体の前で私と青玉は七夜に辱められた。それこそ女であった事が辛くなる程に・・・」

血の涙を流して告白する二人にアルクェイド達は何も言えない。

「そして私達は殺された。でも七夜は死体となった私達をさらに嬲り続けた・・・」

紅玉が沙貴に意味ありげな視線を向ける。

「七夜沙貴・・・わかったでしょう?貴方と私達の大きな違いが・・・」

「あああああ・・・」

「そして・・・これから行う事は私達が執り行う最後の仕事・・・」

そう呟いた時、

「あああ!!」

「シオン!!」

突如後ろから悲鳴が上がった。

振り返ると突然シオンが立ち上がりエーテライトを俺を除く全員に繋げた。

更にシオンが二本のエーテライトを紅玉・青玉に投げる。

二人はそれを受け取った。

「なにを・・・する気だ?」

「ふふふ・・・簡単ですわ」

「私達が受けた行為がどれ程のものか皆様にも知って頂こうかと思いまして」

「なんだと!!そんな事・・・なっ・・・」

慌てて駆け寄ろうとしたが足が一歩も動かない。

足元を見ると地中から這い上がってきた手が足をガッチリと掴んで離さない。

「くそっ!!離せ!!」

「ふふふ・・・大丈夫ですわ・・・」

「そう・・・彼女達が見るのはほんの一部なのですから・・・」

そう言うと二人も自分のこめかみにエーテライトを繋げた。

その瞬間

「「「「「「「「い、いやあああああああああああ!!!!!!」」」」」」」」

絶望と恐怖に満ちた悲鳴が響き渡った。

「やだぁ!!やだぁ〜!!志貴志貴!!助けて!!」

「こ、こんなのいやです!!やめて!!止めてください!!」

「あ、ああああ・・・兄さん・・・た、助けて・・・や、やめてぇ〜!!!」

「ひっ!!や、やめて!!止めて!!お、お願い・・・志貴様・・・志貴様!!」

「いやです!!近寄らないで!!やめて!!!もうこんなのいやぁ!!」

「やだ・・・やだ・・・やだ・・・やだぁ〜!!!志貴さま〜た、助けて・・・」

「来ないで!!もう許して!!あああああ!!し、志貴・・・志貴・・・」

「た、助けて・・・兄様・・・どこなの?・・・あああ・・・こ、来ないで・・・お、お願いです・・・来ないで」

その身を引き裂くような声を聞きながら俺は聞かずにはいられなかった。

「こいつはどう言う事だ!!」

「どうやら私達のイメージが強過ぎたようね。『八妃』は自分と重ねてあの映像を見ているわ」

「なんだと?じゃあ・・・」

「ええ、彼女達は自分が七夜の男達に嬲られている映像しか見ていない」

「くっ!!紅玉!!青玉!!お前達『凶夜の遺産』は何が目的だ!!俺が目的なら俺だけを狙え!!」

「ふふふ・・・これは私達の八つ当たりよ。私達六遺産の目的はあくまでも復讐の成就・・・そして」

「そして・・・何よりも我等が『神』のご降臨」

「神?神の降臨と俺と何の関係があるというんだ!!」

「大丈夫・・・もうすぐ知る事になるわ・・・」

「姉上・・・もう私達もここまでのようですわ」

「そうね・・・ではいくとしましょう・・・神の御許に・・・そして・・・あの人のお傍に」

「ええ、私・・・行き先が地獄でも良いからあの人に会いたい・・・」

「そうよね・・・私も会いたい・・・あの方さえいれば地獄であろうとも楽園と化すのだから・・・」

その言葉と同時に蜃気楼のように紅玉・青玉は姿を消した。

それと同時に俺の脚を拘束していた手も消えやっと動ける様になった。

そして何より皆は・・・

「アルクェイド!!先輩!!秋葉!!翡翠!!琥珀さん!!レン!!シオン!!沙貴!!!皆しっかりしろ!!」

「「「「「「「「・・・・・・」」」」」」」

「志貴全員気を失っている。余りに凄惨なものを見せられたのだろうな・・・」

俺も鳳明さんも一様に苦悶の表情を浮かべて気絶している八人を見やる事しか出来なかった。

「取り敢えずどこかで休ませよう・・・」

「はい・・・」

俺は自身の無力さを感じながらそう言わずを得なかった。







一先ず、屋敷の廃墟の部屋で使えそうなベッドにそれぞれ休ませると俺はバギーの座席に腰掛ける。

「鳳明さん・・・愚痴を聞いてくれますか?」

「ああ・・・」

「・・・俺は判らなくなって来ました。『凶夜』の事・・・遺産の事・・・そして『凶夜』の魂達が一応に口にする『神』の事・・・何よりも本当に『凶夜』は狂うのか?俺が見た限り今まで出会った『凶夜』の魂は本能が理性を押し潰されるとは考えられない」

「俺も判らん・・・もう何もな・・・俺たちの知る『凶夜』の伝説も真実だったのかすらも・・・」

「そして、俺達『七夜』が『凶夜』に対して犯した大罪・・・一体なんだったんでしょう?七夜が『凶夜』に対して行った徹底的な迫害は・・・」

「最初行われた時には明確な理由があった筈だ。今となってはそれが何であったのかもわからないが・・・」

俺も鳳明さんもそれ以上言わずただ未だ夜の空けぬ空を見るだけだった。

しかし、鳳明さんは再び口を開く。

「それで志貴、お前はどうする?」

まだ遺産と戦うか?

言葉の奥の問いに俺は答える。

「はい。悩むのは全部終わってからにします」

「そうか・・・ならば俺も過去に思いを馳せるのは後としよう・・・これで四つの遺産を滅ぼした」

「はい・・・『空間を繋ぐ館』・『時空を歪める像』・『悪夢と婚姻せりし者への婚約指輪』、そして『異なる理のモノ達が戯れる箱庭』・・・残るは二つ」

ごく当たり前の事を口にしていたがそうでもしないとこの沈黙に耐えられなかったから・・・







「志貴・・・志貴・・・志貴」

鳳明さんの言葉に俺は眼を覚ます。

何時の間にか眠ったようだ。

朝日が昇り、廃墟をゆっくりと照らす。

「皆起きた頃だろう。見に行くとしようか」

「はい」







俺は全員が眠っている筈の一室に入った。

そこにはまだ眼を覚まさず眠り続ける八人がいた。

安らかな・・・とは到底言えない寝顔で。

「う・・・うん・・・」

やがて、沙貴がそんな声と共にうっすらと眼を開ける。

「沙貴・・・おはよう」

俺はいつも通りの口調で挨拶を交わす。

それに対して沙貴の反応は俺の予想をまったく超えたものであった。

俺を視認したかと思うと、その瞳を極限まで見開き表情に恐怖を張り付けると、

「い、いやぁああ!!!」

絶叫を上げてベッドからずり落ちた。

「お、おい!沙貴!!」

「いや、いやいやいやいやいや!!来ないで!!来ない・・・あ、あれ?・・・兄様・・・・」

「ああ、そうだ」

床を這いながら少しでも俺から遠ざかろうとしていた沙貴だったが俺だと気付くと力なくその場にへたり込んだ。

そして、今度は自分の体を抱きしめて、ただ声も無く泣いた。

「沙貴・・・」

俺が触れようとするとびくっと体を震わせる。

ふと辺りを見渡すと何時の間にかアルクェイド達も起きて沙貴と同じ様に辺りに蹲っていた。

泣いている者、ただガタガタ震える者に分かれていた。

しかし、共通していたのは誰一人として俺と眼を合わせようとしないし俺からなるべく遠ざかろうとしている事・・・

「ご、ごめんね・・・志貴ごめんね・・・」

「し、志貴さんに悪い事なんか何も無いんです・・・で、でも・・・」

「お願いです・・・志貴・・・わ、私今志貴に触れる事が・・・」

搾り出す様な言葉だった。

「志貴・・・そっとしておこう・・・」

「はい・・・皆・・・車は何時でも動かせられるようにしておくから、落ち着いたら帰ろう」

その問い掛けにただ一人琥珀さんだけがこくりと頷いただけであった。

それから数時間経過した頃ようやく現れた全員が乗車し出発した。

しかし、その間誰一人として口を開く者はいなかった。

[解説]

    『虎突』・『燕襲』・・・
             高速で移動し標的を仕留める『閃の七技』。
             これらの実力は極めて高いものであったが欠点として中距離を担う技が無い事だった。
             (遠距離なら『八穿』・『七夜』・『伏竜』・『双狼』、近距離なら『一風』・『八点衝』・『十星』となる)
             それを補う為志貴は鍛錬に鍛錬を重ね、独自に完成させたのが、真正面から突っ込み下から斬り上げ、斜めに袈裟斬りを行う『虎突』と下段から蹴りこみ、その勢いのまま斬り上げる『燕襲』、この二つの我流技となる。
             虎が獲物に襲い掛かる様と、燕が餌を取る際地面すれすれで滑空して急上昇する様子に酷似していた為この名がつけられた。




後書き

   えっと、まずは今回出てきました新技『虎突』・『燕襲』はRe・ACTに出てくる志貴(遠野の方)の『切り札その1(大斬り)』に『切り札その2(下段掬い)』です。
   プレイして使い勝手が極めてよかったので志貴に搭載しました。
   ちょっと名前が何だかなと思い勝手に名前付けました、ご了承を。
   さて次回よりは新章、終盤を迎える『凶夜の遺産』との戦いに急展開をむかえる予定です。

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